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はみだしにっき

2003年12月3日

マウイ生活一周年

去年の今日、マウイに来ました。

日本を発つ前日に妹と姪に会い、当日は一人で成田へ向かいました。空港へは一人で行きたかったので家族にも見送りは断ったのです。どうして一人がよかったのか・・・。多分、気持ちの整理ができなかったんだと思います。マウイに住んでいるアメリカ人との結婚を決めて一緒に住むために日本を離れることにしたので、日本の家族や友達に対しては離れたくない寂しい気持ちが強烈にあり、でもマウイではオットとなる人との新しい生活が始まるという期待があり、フィアンセビザが取れた安堵感とかビザを持ってても安全じゃないらしいという不安とか、文字通り胸も頭も一杯で、どういう顔を人に見せたらいいのか分からなかった。

日本からハワイへ向かう飛行機は夜離陸するので、午前中は退屈だから誰かに電話して、でもやっぱり何を言ったらいいか分からなくて、心残りがありすぎるような気分になって、でも時間がいくらあってもその心残りは消えないことも分かっていました。

午後家を出ました。一週間ほど前からひどい風邪をひいていて、こんな状態で飛行機に乗ったら耳が聞こえなくなるんじゃないかと真剣に恐れていたのを覚えています。もう服もほとんど手元に残していなかったしハワイでは冬服はいらないので、千円で買って着つぶしたような、犬の散歩用の黄色いフリースを着てました。その下にはこれもボロになった黒いセーターを着てました。絶対誰にも見られたくない格好で、恥ずかしいので俯き加減で、成田行きのバスに乗ったわけです。

成田に着いたとき黄色はゴミ箱へ。搭乗寸前に黒もゴミ箱へ。ゴミ箱の中の服が可哀相な気がしてしばしその場に立ち尽くしたけど、もちろん拾うつもりはなかったわけです。ちょっと迷いましたが。今思い出すと、ずいぶんミゼラブルな旅立だなあ。やっぱり期待よりは未練の方が強くて、でもそれをオットとなる人に見せるわけにはいかず、彼に会う前にとことん悲しい気分に浸ろうとしてたのかもしれません。特定の誰かや何かに対してではなく、多分その全部を含んだ日本を離れる選択をしたことに、罪悪感のようなものを感じていたのかもしれません。「日本よりマウイを選んだわけじゃないんだよ」と、漠然とした日本というモノに心の中でお詫びしてました。

幸いなことに、マウイに着いた後は、ホッとしたのと新しい生活をつくることに気持ちが向いて、哀れっぽい成田の私を引きずることはありませんでした。意識して気分を変えなくても、本当に何もかも新しかったし楽しいこともたくさんあって、機嫌良く暮らせたのです。「日本が恋しいか」と聞かれれば(実際よく聞かれる)、もちろん恋しいです。でも、いつも「今すぐ帰りたい」と思っているわけではないし、日本を恋しい気持ちがマウイでの生活をつまらなくさせることはありません。逆に「マウイの生活は好きか」と聞かれれば(これもよく聞かれる)、大好きと答えます。美しい土地で素朴な暮らし。色んな人種の、気のいい友人達。でも「一生ここに留まりたい」と思ったこともないし、マウイでの楽しい時間が日本を離れている寂しさを埋めてくれることはありません。

故郷を懐かしむ気持ちってこういうモノだったんだ、と最近分かった気がします。来年の今日、十年後の今日、どんなことを考えるか想像も出来ないけど、もしマウイにいたらやっぱり日本を恋しいと思うだろうし、日本にいたらマウイを懐かしがるのかもしれないです。

【覚え書き・この一年で変わったこと変わらないこと】

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