2007年9月13日
正しさと幸せ
今年愛用している「ほぼ日手帳」の9月10日のページには、重松清さんの言葉が載っていて、その言葉がすごくいいので、使い始めた去年の12月から色鉛筆で囲ってあって、で、そのときは9月10日なんてずーっと先だな〜って思ってたのに、今日はもう過ぎてしまってます。早いですね。重松さんの言葉はこうです。
正しさや筋、強さを貫いて、その結果として、
誰も幸せにならないのなら、意味がない。
ずるくて、弱くて、曲がっていても、結果として
みんなが幸せで、笑っていられるのなら、
ぼくはそっちのほうがいい。
ね?いいですよねえ。いいんですけど、私は自分の信仰のせいかもしれないけど、じゃあどうして正しさや、筋や強さを貫くことが幸せにつながらないことがあるんだろう、ということも考えていたのでした、これを最初に読んだとき。重松さんの言葉に「そうそうそう!」と強く頷いたからこそ、そのあと余計に、何でだ?と考えてしまったのでした。私、以前は悪の魅力みたいなものにすごく惹かれたし、清く正しく美しくみたいなことって苦手だったし、そういうことって確かにあると思うんです。でも、なんでなんだろう。反対に、結果としてみんなが幸せに笑っていられることって、ずるかったり、弱かったり、曲がってるだろうか?
この重松さんの言葉の横に、自分で色鉛筆で「幸せ」と書いて、それも囲んであるのです。幸せってなんだろう。例えば、正しさってなんだろう。もしも正しさが人を不幸にすることがあるとしたら、それって正しさの使い方が間違ってるんじゃないだろうか・・・・。(よく分からないので今日はこれで終わり)