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第三回 環境って大事!

by Anago

私の番がきて、パソコン画面を前に柄にもなくちょっと緊張しています。BBSとこことでは、カラオケで歌うのと学校の歌のテスト位の差があるかしら〜?

一応ここで申し上げておきますが、「あなごマーク」は決して「自画像」ではありませんので、念のため。娘に「あなごマークどうしようかな」と言ったら書いてくれたので、せっかくなので・・・かわいすぎるけど・・・図々しく使うことにしました。娘の欲目?気遣い?が有り難い(泣。)

「性格は生まれたときに決まっているのか、成長の過程でできていくのか」考えてみたけど、私もにこちゃんの言うように「生まれつき持っている性質に、成長過程で受ける影響が加わって性格ができる」って思うんです。この辺で「いや、私は・・・」と反論に出たいところなんですけどね、ホントは、流れを考えると。(笑)

私は、小さい頃はわりとおとなしい子供でした。幼稚園の面接で名前を聞かれても、先生が何度か聞き返す位小さい声で答えるような。(うっそ〜!という声が聞こえてきそう。)でも園庭で遊ぶ内容は鉄棒でぐるんぐるん片足回り、飛行機飛び、木登りなどなど「体育会系」だったんですけどね。それが小学校3年の時、「はじけた」のです。きっかけはたぶん、担任の先生がすごくおもしろい男の先生だったことと学級委員になったこと。先生の補助役のように、話し合いの司会をしたりクラスをまとめる役目をしているうちにすっかり人前に立つことにも慣れ、先生の「ノリ」をも吸収したのだと思います。

では、根本からすっかり変わったかというと それがちょっと違うんですね。自分がその時身を置いている集団の雰囲気によって、子供の頃のちょっと内気な、列の後ろや隅っこの方が気楽、という自分に出会います。人からは「社交的」と言われている今の私ですが、客観的に分析してみると、その場が心底自然体でいられる波長かどうか敏感に感じ取ってしまうあたり、やはりどちらかというと「人は苦手」なのかもしれません。小学生のころ、「持っている一部」を引き出してもらって、今それが自分の前面に出てはいるけれど、生まれ持った「自分」はやっぱり根底にしっかり居着いているのを感じます。

だからこそ、子育てって責任重大だわ、と思うんです。持って生まれたいいところを消さずに、そして短所・弱点ならできるだけ奥で眠っていてくれるよう、人格形成していく、っていうのはねぇ。それに長所や短所と思われたことも、切り口を変えるとそうとも言えない場合もあるし。

私もうにさんのように、うるさく言ったり決めつけや押しつけはしたくない。でも、親子で共感できるものが多ければ嬉しいな、と思うし、やっぱり自分が失敗した、と思うことは繰り返さないような方向にもっていきたい。で、やっぱりついつい言ってしまう・・・は〜。

「氏より育ち」っていうけど、これも、まさに環境が人を作る、ってことでしょう?親の美意識や道徳感によって作られる家庭・家族の空気感とか雰囲気って、それ自体すでにもう「教育」ですよね。コップに水が「もう半分しかない」と思うか「まだ半分もある」と思うか、一日の終わりに今日あったイヤなことを数えるのか、よかったことを探せるのか、「特別なことが何もなかった」こともよかったこととして思えるか、とか、そんな考え方ひとつとっても、子供のものの捉え方や見方の土台に影響するだろうし。

子供がもっている鍵穴にぴったり合う鍵をみつけてあげられたら、と今までそんな感覚を持っていたけど、書いていてふと思ったことがあります。持って生まれた性格は「糸」だとして、それぞれの環境の中で織られながら質感や大きさ、色あいも一枚一枚違った布になっていく。それがどういう形のものになっていくかは最終的にはその人自身・・・みたいな感じがするんです。いろいろな経験や知識を積むうちに様々に形は変わっていくだろうし、でも、糸の種類によっては自分が希望する形にならないこともあるかもしれないけど、もしかしたら途中で自分なりの色に染め変えることがあるかもしれないけど、でも糸そのものは生まれもったまま、というような。。。

親にとっても 自分が思った通りの、好みの糸が手に入るとは限らないし取り替えもきかないけど、手元にある糸の特性を見極めて、その素材を最大限に生かせるような織り方を考えていくのが子育てのような気がするのです。

でも、実際、自分はどうなんだろう・・・どんな形にしたいか、なってほしいか、ついついその完成予想図を描いてしまいがちではないのかな。理想の形に糸を無理矢理あわせようとしていないかな。せっかくの糸を台無しにしていないかな。ざくざく織っても大丈夫そう、でも以外と破れやすい。扱いにくい糸だけど丁寧に織ってあげたら丈夫で長持ち・・・色々な糸があるだろうに。綿だ、とわかっていながら絹を要求していないかなぁ・・・ 他の人が持ってる糸がちょっとうらやましくなったりねぇ・・・

でも、親も自分自身の布に「子育て」というリボン?をつけるのは初めてなんですもんね〜、たぶん親の布製品も一緒に形を変えていくんですもんねぇ、ちょっと大目に見て欲しいかなぁ。それに、「反面教師」っていうコトバもあるし、場合によってはそれに期待するとして・・・(笑)。

思いつくままにつらつら書いてきちゃったけど、改めてちょっと自分を省みたような、そしてより長く子供と接する母親の影響は父親より大きいような・・・できるものならこの「ピュア」なキモチのままでもう一度ウチの子たちの布を織り直してみたい、なんて気分になってしまいました。

ところで! お母さんのことをどうして「お袋さん」って言うんでしょう?母は子供たちの、家族のすべてを受け入れられるように、知恵を出せるように、勇気も度胸もためるために、大きい袋を持つべき存在なの・・・?わー、少なくとも私の堪忍袋はまだまだ小さぁ〜い!(おっと知恵袋もか。)

・・・ということで、この辺で。。。

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