数日前、どういうわけか2001年アメリカの同時多発テロに関する映像が見たくなって、燃えるワールド・トレード・センターやペンタゴンのビデオをいくつか見ていたのですが、そんなことをしていたらあのテロを題材にした映画がいくつかあることが分かったので、見ていることにしました。一本目がオリヴァー・ストーンの「ワールド・トレード・センター」です。
ツインタワーが飛行機に激突され崩壊する様子を追った半分ドキュメンタリーのような映画を想像していましたが、それはハズレでした。あのとき中に残された人の救出に向かった警察官たちが崩壊したタワーの瓦礫の下敷きになってしまい、奇跡的に二人(ジョン・マクローリンとウィリアム・ヒメノ)が救出された、その経過を追ったものでした。それで、飛行機がタワーに激突した瞬間や、タワー崩壊の映像はありません。だけど別のリアルさがあって、例えば二機目が激突したことを、現場に向かうバスの中で携帯電話で一人の警察官が聞き、「おい、ワイフがもう一棟にも飛行機が突っ込んだって言ってるぜ」みたいに同僚たちに言うとか。それをみんな信じられなくて、現場に着いても「あれは激突されたタワーからの煙だろう」「違うよ隣の棟からも煙が出てるんだよ」なんて話していたりします。
全体には静かでした。タワー崩壊を知らなかった、そして瓦礫の底で身動きが取れない彼らの目線そのままに、彼らを心配しつつも何もできず何も分からない家族の目線そのままに、事件が与えたショックの大きさを思えば淡々としていたとさえ思います。じれったくなってもよさそうなものなのに、そこは上手いんでしょうね、飽きっぽい私が飽きずに見続けました。ふと時計を見たときはすでに残り30分くらいになっていてビックリしたくらいです。ついに二人の警察官が救出されるときは、身を乗り出してハラハラしながら見たし。
・・・・・・ところで、この映画は評価も受けた反面、大きな論争・批判も受けたようです。
まず、私も「えっ」と思ったのですが、二人の警察官を発見した二人の海兵隊員は白人が演じたのですが、見終わってから興味が湧いて、映画の情報や関係者のプロフィールを英語版のウィキペディアで見たら(残念ながら日本語版は情報量がぐーんと少ないのです)、一人は黒人だったのです。実話を元にしているとはいえ映画なので、表現の自由の部分もあるはずだし、登場人物の人種などは出来事の本質には関係ないとも言えるけど、でもねえ、あの事件だし、登場人物を実名で描いている以上、同じ人種の役者を使う方がキャスティングとしては自然じゃないでしょうか。救出された警察官二人はちゃんと彼らの人種や雰囲気まで似せてるんですよ。そういうことって大事ですよね。で、これは意図したものではなくて、「知らずに」そうしてしまったらしいんです。本人の海兵隊員(当時)ジェイソン・トーマスも、映画の予告を見て白人の俳優が自分を演じているのを知ったらしい。
それからもう一人の海兵隊員デイヴ・カーンズは、実は退役していたのに現役のフリをして独自に救出にあたりました。そのあと再び海兵隊に入隊してイラクにも行ったそうですが、この人の描き方もなんだか気持ち悪かったんですね。教会でヨハネの黙示録のページが開かれた聖書なんかが写って、デイヴが牧師さんに神のお告げで救出作業に向かうようなことを言って、それでもいいんだけど、デイヴは人間味のない何かに取り憑かれたような人物に描かれているのです。だけど本人は映画製作には協力していないらしいし、本当にそういう動機だったのかは分からないし、彼がしたことはとっても人間的だと思うのに、なんだか奇妙でした。
救出されたジョンとウィリアムは全面的に映画製作に協力していて、エキストラ出演までしているので、家族も含めて彼らからはよく話を聞いていると思うのです。そして、彼らが瓦礫の下敷きになっていた時間が映画のほとんどの部分だったことを思えば、そこがきちんと描かれていればいいとも言えるけど、でもなんとなく片手落ちのような。評価が分かれるのもその辺のアンバランスさのせいだと思います。
救出作業の様子には時間はあまり割かれていないのですが、その辺も批判の的のようです。なんか、作業の危険性やそれを押して救出に当たった人たちを描き切れていないとか。でも、私はそれはまあ、どうかと思う。あんなの、見ていれば救出作業がものすごく危険なことは言われなくても分かるし、二時間程度の映画が何もかも見せることは不可能なんだし、それでどれもこれも半端になってしまうよりは、二人の警察官の絶望的な何時間かを追体験できたというか、そこで二人がどんな会話をしたのか、どうやって励まし合ったのか、それを見られるのがこの映画ということでいいような気がします。
もう一つ大事なのは、助からなかった方の家族の気持ちです。これにはもっと神経を使ってよかったかもしれないと思う。特に、タワーが崩壊したあと、瓦礫の中に閉じ込められはしたけど、自由に動けた警察官もいたのです。その人、ドミニク・ペズーロは、ウィリアムの上の瓦礫をどかそうとしているうちに次のタワー崩壊が起こり、亡くなってしまいます。ウィリアムは確かにドミニクに「助けてくれ」と懇願したし、上司のジョンも「ウィルを置き去りにするな」とは言ったけど、それでも、映画を見る限りでは、ドミニクの死は二人の責任とは思えないんですね。だけど、ペズーロ婦人は映画を見て激怒したらしい。
ただ、彼女の怒りは、無惨な姿で亡くなったご主人の姿が、もちろん役者が演じてはいるんだけど、その姿がさらされたことへの怒りじゃないかと思います。もし自分が彼女の立場だったら、やっぱり怒ると思う。いくら事実を伝えたいという意図があったとしても、カットしていい部分もあると思うし・・・。
あとは、そうですね、同時多発テロはアメリカの自作自演とか陰謀説が強いので、ケネディ暗殺の陰謀説を表現したオリヴァー・ストーンに、この映画でもそれを期待した人が多かったようなんですね。だけど、それは一方的な期待であって、オリヴァー・ストーンにその義務があるわけではないと思います。陰謀説は陰謀説でとても興味深いことではありますが。しょせん、私たち庶民に本当のことなんて分からないんだろうなあとも思うし。嫌ですね。
・・・と、なんとなく映画の周辺の話ばかりになってしまったようですが、この事件に関しては、やっぱり現実のインパクトが凄まじいですよね。しかもコトがコトだけに、関係者が真摯な態度で製作に関わったとしても、感情的にも技術的にも難しさは残ると思います。だけど、うーん、もし敢えて言うなら、この映画を見なかったらあの二人の生存者のことは知らないままだったので、私はこの映画には感謝する部分があるんですけどね。